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運命の人とのすれ違いはどうしたら止めることができるのか?知るべきことがある!

運命の人と出会いたい。
すれ違いなんかしたくない。
誰もが持ってしまう気持ちではないだろうか?

運命の人というのはどんな人を指すのか、漠然とした言い方だ。
でもその人とすれ違いして、縁ができないまま過ごしてしまうと自分自身、そして二人の将来が大きく不幸に覆われてしまうかもしれない。
そういう思いが多かれ少なかれあるはずだ。

作り話のようでもあるけれど、もし本当にそういう相性とか心の一番底の部分でドンピシャ!
そのような人を運命の人というなら、もしその人とすれ違いなく両思いで一緒に行く末まで過ごせたらどんなに良いだろうか?

それを考える時、知るべきことがどうやらありそうだ。

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運命の人とのすれ違いを止められる人はいるのか?

まずいちばん気になことだが、そういう、自分と相性とか心の奥底までピッタリ寄り添うような運命の人がいたとしても、すれ違いを避けることができるのだろうか?
また、本当にそういう人はいるのだろうか?

その回答だけれども、もしも運命の人というのが、自分と墓に入るまで仲睦まじく過ごしていける相手、ということになればいくらでもいるかもしれない。

だがそれこそ最初に考えてみたように、言ってみれば“魂のレベルで”相性が最高といえるような人を運命の人、と考えればいくらでもすれ違いなど起こる。
ひとまずこう言えると思う。

だからもともと運命の人という表現の意味自体が曖昧なのだけれど、そのうちまず前者の意味として考えれば世の中を見渡せばおわかりのとおり。

そういう人と出会って、死ぬまで過ごしている人はいくらでもたくさんいる。

ただ、もちろんそれでもすれ違いで終わってしまう、という人だって多いにちがいない。
全ては本当に“運命”。

その運命を変えることはおそらく神様くらいのものだろう。
そしてその運命づけられた将来に私たちは乗っかっていくしかないはずなのだ。

だから運命の人とのすれ違いもやはり運命のうち。
それを止められるのは人知を超えたものだろう。

残念な言い方になるけれど、これが私の結論になる。
人が運命を作ったり変えたりすることはできないのだ。
運命

運命のあり方に直面した自分たちの心の持ちようこそ大切に

だが、そういう運命の人がどういう人を意味するかにかかわらず、そしてすれ違いでもきちんとであって縁ができるにしても、その時々におよんで私たちはぜひ考えておくべきことがあるのではないだろうか?

ちょっと重い話になってしまうけれど、要するに私たちの心の有り様だ。

運命がいろいろな形となって、好むと好まざるにかかわらず私たちは日々翻弄されている、というのが正しいかもしれない。

婚活に出会った相手に騙された、結婚しようとまで考えていた彼氏が実は他に本命の彼女を密かに持っていた、自分はツナギだった。

あるいは、独身だと思っていた相手が実は既婚だった、などなど、悪いケースを挙げてみればいくらでも尽きない。

たしかにそれは辛いことではあるけれど、そういうショック、悲しみはいつまでも抱え込んでいればやがて精神的にもまいってしまう。

だからまずはそういうことに直面した直後は仕方ないにしても、しっかり自分の気持を整理して再出発する、そういう心の切り替えをしっかり忘れてはならないはずだ。

運命の人とのすれ違い問のを後で知ったことがあったらたしかにそれこそショック。
思い返してその相手を追いかけたときにはすでに他の女性と結婚していた、などということも経験している女性もいるだろう。

でも、もしかしたら同様なことがその後も会ったりするかもしれないし、そこまでのことはなくても似たようなケースに出くわすことだって、ないと言いきれない。
それこそ運命は変えられないからだ。

だから、特にケーススタディとして、そういうショッキングな事態にに直面したような場合、どれだけ自分自身でいられるか?
あるいは、戻れるか?

そのような心の持ちようこそが大切なのではないだろうか?
そしてまた、私たちがぜひとも心にたたんでおかなくてはならないのは、どう考えてもこれ以外にないのではないだろうか?

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運命の人とのすれ違いは避けられないが、それでも策はある?

そういうわけで、運命の人とのすれ違はそれこそ人間の手に負えないもの。
そう言うしかないだろう。

そしてそれに対して心の有り様を以下にすべきかを、上でお伝えしてみたけれど、ただそれでもまだ運命の人との出会いを保つ努力はできるかもしれない、そういう考え方がある。

もちろんそのときには運命の人というのが1人ではない、あるいはまだ出会っていない、と考えた上でのことになる。

それは、出会うきっかけ、チャンスをより多く持つことだ。
よく私たちは結婚相手との出会いを婚活や結婚相談所などに限定して考えがちだけれど、そもそもそれだけに限定しては相当出会いは少ないはずだ。

というか、相手の男性、そしてこちらの提示する互いの条件がマッチすることなどなかなかありえない。
その結果、出会いなど多そうに見えてなかなかないし、そのようなか細い出会いの中ならわずかなすれ違いでも本当に大きい。

その意味で今の婚活のシステムに私自身大きな疑問を感じてもいるけれど、考えようによってはもっと他にもごく自然な成り行きとして、出会いのきっかけやチャンスをもてるのではないだろうか?
手と手
私の偏見になるけれど、どうしても今の婚活は、一直線に結婚相手との出会いをもたせようとしているように思える。

けれど、むしろ結婚相手との出会いは職場とか社会活動、スポーツなどで同じ作業や運動をともにしながら自然にできる方が好ましいのではないだろうか?

もちろんそれでもすれ違いというのもあるだろう。
しかし、そうやって結婚相手だけに限定しないで人との出会いを持つことは、自分の考え方や出会う相手の多様性を期待することだってできるし、その分多くの人との出会いも実現できる。
そしてもしかしたら、その中に運命の人が待っているかもしれない。

むしろ婚活サイトとか婚活パーティーなどに出続けて、固定観念を固めてしまう方が心配になるかもしれない。

気持ちに柔軟性をもつこと。
「あーあ、あの人とはダメだったな。じゃあまた新しい出会いを頑張ろう」
そのような気持ちの切り替えができるようになること。
それを目指していくことを願いたい。

林 信江

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