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厄払いしないとどうなる? 受けただけでは安心できないことが!その方がむしろ大切に

厄払いという独特の考え方が日本にある。
男性で数え年の25、42、61歳、女性なら19、33、37、61歳という歳で、この年齢になると災厄に遭いやすくなる、というものだ。

そういう厄年特有の災厄に遭わないよう祈願することが厄払いという物だが、じゃあその厄払い、しないとどうなるのか?

ふつうに考えれば、何も起きないだろう、ということになるのだが、じゃあなぜ多くの人たちがそういう厄払いにいそしむのか、となる。
もちろんそれは、しないとどうなるのか、という疑問と表裏みたいな菅家になっているだろう。

実際に30代女性については二回りの厄年が巡ってくるし、今更ながらにすごく身近に想うことではないだろうか。

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厄払いしないけれど、何も起こらなかった?

厄払いをしない、したことがない、という女性が私の身近にもいる。
デモ何も別段変わったことも起こらない、と彼女は語っている。

少なくとも厄払いを行っているのは日本の社寺仏閣になるわけだし、逆にそういう日本国民でないとか、または同じ日本人であってもキリスト教信者とか別な宗教を信じている人たちには関係のない話だ。

だからといってそういう人たちが、厄年の時に災厄とか災難、あるいは大病をするわけでもない。
いってみればわかりきっていることとなる。
神社

昔ながらの習慣行為を尊重する、暗示を受けるだけだが、場合によっては大きな力に

だからはっきりいって、厄払いに実際的な効果、つまり災厄をよける力とか、超自然的なパワーなどがあるとは言い難い。

それは厄払いを受ける私たち自身だってわかりきっていることだ。
それでもなぜ厄払いを受けるのか、受けなくてはいけないと想うのか、となると結局は正月や七五三など、季節の行事と同じことになる。

つまりそれが昔から続く習慣行為で、それを忠実に守ったり、従ったりする気持ちが強いこと。
もう一つは結局受けている私たちの自己暗示や自己満足を満たす物だから、ということになるだろう。

だが、人間という物を考えて見た時に、単にそれだけの物だとはいいながら、それでも場合によっては大きな自信とか前向きな気持ちになれる、そういう心の支えになることがあることをご存じだろうか。

つまり自己暗示にせよ自己満足にせよ、そういう儀式を行ったということで、安心感もある。
そして“こういう厄払いを受けたのだから、もう大丈夫だ”というきもちにもたしかになれるのだ。

多分だけれど、多くの方たちが厄払いに足を運ぶのはこの理由になる。
それこそお正月のお祝いや初詣などと同じ物となるともうけれど、こういう心の有り様をつくってくれるという一面は決して侮れないはずなのだ。

厄払いをしない、するかどうかは自身の心の持ち方に尋ねること

だから厄払いをしないとどうなるのか、という問いかけに対しては、むしろ

「厄払いをしないと、あなたの気持ちはどうなるのか?」
ということを自問自答してみるしかない。
それ以外には厄払いをしたかどうかで、変化や影響が出る物は基本的に何もないからだ。

そこで実際に考えて見ると、厄払いしないと不安でしょうがない、という方だったらやっぱりやった方がよいかもしれない。
もちろん他のことをしたりすることでそういう不安が消えればやらなくてもよいかも知れない。

でも別段私はそういうの信じていない、どっちでもよい、位にあっさりと考えている方だったらあえて厄払いをする必要もないだろう。

厄払いしないとどうなるか?
そういうわけで、それで変わってくるのは人の気持ちのありようだけと言って良い。

そしてその他にも影響が出ると想われるのは、その人が厄払いを受けたことで、両親兄弟が安心する、周囲の人たちもそういう気持ちになれたりする。
そういった社会的なアピールもあると言って良いだろう。

特に女性の場合、30代になっても未婚のままなどというと親の目が相当厳しくなるし、私なども厄年には必ずお参りに行って、結婚相手が見つかるよう祈ってこいとかいわれてしまう。
こういう経験、同じ年齢層の女性だったらたくさんあるだろう。

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厄年、厄払いにまつわる昔からの知恵は尊重すべき

ただ、厄払いをしないとどうなるか考えて、そういうふうに基本何も変わらない、という結論になるかも知れないけれど、その背後にある昔からの知恵。

それはとても大切になるから、それだけは見過ごすことなく心にとめておいていただきたい。

結局のところ、そういう年齢になると統計的に体調の変化とか、精神的、肉体的な変調、そして仕事の内容も変化する時に当たるといわれている。

体は年齢がかさむにつれて衰えるものだし、逆に社会的に年齢が上になるほど地位や責任が重い物になってくる。
そうなるとどこかでそういう体力とか社会的環境、そして生活などでの節目というのができるわけで、それが厄年だということとなっている。

確かに上に上げたような男性の42歳、女性の30代などはそういう仕事や家庭生活もめまぐるしく変わる時でもあるし、中でも女性の30代。

男性にも見られないような10年間で2回も厄年が回ってくる。
このことからしても、昔から女性の30代が何かと病気や家庭での多忙に悩まされやすい時期だということが推測できるのだ。

もちろん具体的に33、37歳という年齢で性格にそういう災厄や病気、事故などが起こるわけではないから、大まかに30代全般は気をつけなくてはならない時期。
そう受け止めて絶えず病気や事故などのトラブルには注意を払っておくべきだろう。
お坊さん

厄年も厄払いも日常生活への警鐘?

そういうわけで。
厄払いをしないとどうなるのか、といえば、はっきりいってしまうとどうもならない。

だが、同時に厄払いをしたからといって、それで安心しきってしまうのも考え物になるわけだ。

多くの女性は今、30代で子宮がんや乳がんにかかってしまうし他の婦人科形の病気もかかっている人は多い。
かと想えば、結婚して子供を産むにしても、高齢出産にさしかかっている。
妊娠する確率も下がる一方。
無事妊娠できても、生まれてくる子供にそれだけ生涯などのリスクがのしかかってくることだってよく知られていることだ。

厄年という意味は、あくまでもそういう実生活に照らした上で、その警鐘と見るのが一番正しいと言って良い。

ただ、あまり神経質になりすぎるのもよくないし、過度の心配はそれこそ今度は心を病むことにもなる。
そのような“粋すぎた配慮”へのブレーキとして、暗示効果として厄払いは意味があるのではないだろうか。

いろいろ語ってきたが最後に。
それでも女の30代で厄年が2回も巡ってくるというのは、多すぎる。
その間確かに病気とか心配事が増える証拠ということだろうし、私などはこれを考えると、女に生まれたことを恨んでしまう。
同じ気持ちになる女性、他にも多いのではないだろうか?

ゆうきM美

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